「メコンの思い出」

一昔前は、タイのウイスキー=メコンであった。だが、実はメコンはウイスキーではなく、米を蒸留したラオカーオ(タイ焼酎)に香料を入れたりして味を整えた偽ウイスキーである。
 でも一昔前にタイに関わった酒呑み達にはメコンの思い出がその味のごとく、甘く、せつなく(アルコール臭によく胸が苦しくなった)心に染みついていることであろう。

 私の場合、初めてメコンウイスキーと出会ったのは10年以上前のパタヤである。
当時私はろくにタイ語もしゃべれず、旅慣れてもいななかった。
 私は一人旅という新しい遊びとパタヤ独特のうかれ気分に酔って、ふらふらと夕方のビーチロードをさまよっていた。ときおりパタヤの不良少年(パタヤの人間がそう呼んでいた)がマルボロを手にもって「買わないか?」と声をかけてくる。彼らのマルボロは相場の値段の1.5倍もするので私はぜったい買わないことにしていた。


 街が一時赤く染まり、辺りが暮色に沈んで行く頃、パタヤの主人公はビーチからビーチロードに移行する。ド派手なネオンが、どんなもんだい!と色彩をばらまき、店の前に立って客を呼び込む店員の声もひときわ大きくなる。
 インターナショナルリゾートパタヤの中でも一番の歓楽街が、このサウスパタヤのビーチロード1周辺である。


 毎日夕刻になれば、道路が歩行者天国となる。長さ300m幅5mほどの歩行者天国にはブランド品や偽物ブランド、土産物屋などの店や屋台、レストランや食べ物屋台、ゴーゴーバーにオープンバー、カラオケバーなどがずらっと並んでいる。また通りにはソイと呼ばれる横道がいくつもあって、その中にも店や屋台が詰まっている。


 通りの南側は店のすぐ後ろが海になっており、いくつかの飲食店は海に向かってベランダ風に大きく敷地を広げている。
 辺りにふわりふわりと漂う食べ物のいい臭いに急速に腹へった状態になった私は、南側に立っていた呼び込みのかわいい女の子の店員になんだか引きずられながらオープンエアーのレストランに入った。


 海側の席をリクエストしたが、彼女はなぜか通りの北側の店に連れ込もうとする。なんだなんだ!!というのは英語かタイ語でどう言えばいいんだ!。などとひきずられながら考えたが知ってるはずもなく、とうとう北側の店のしかも道路横の席に座らされてしまった。
 まあいいか、浮かれていた私はにっこり笑顔でメニューを差し出す女の子に苦笑(したつもり)で答え、とりあえずビアシンといくつかの辛いつまみ(ビールに良く合う)とパタヤ名物ステーキを注文した。


 んぐんぐ(ビールを飲む音)、、?(ビールがあっという間に無くなった)、、ダダダッ(ウエイトレスの女の子が走って来て、ビールをコップに注ごうとした私の手をあわてて止める)、、、コククク(ウエイトレスがビールを注ぐ音)、、、んぐんぐ、、サッ(ウエイトレスはそばでスタンバイしていた)コククク、、んぐんぐプハーッ!!。(やっと一息ついた)昼の間、浮かれて水分をとらずに(わざと)炎天下をうろうろしてた私の体は、今飲んだビールを一滴も残さずに吸収しただろう。酒飲みの至福の瞬間である。


 しかし、ビアシンはけっこう強いビール(当時)である。アルコールも一滴残さず吸収した私は早くも気持ちよくなってきた。


 料理とすぐ横の通りの眺めをつまみにビールを飲んでいたが、このままいくともうすぐ腹が一杯になってしまうだろう、と思いウイスキーに切り替えることにいた。ウエイトレスにウイスキーのショット売りはしているか?とへたな英語で聞くと、首をふってあとずさりする。おいおいどういう反応だい!?。あるの?ないの?また聞くと今度はマネージャーを呼んできた。


 ウイスキーはボトルでしか置いていないという。どうせボトルで飲むんならかねてより一度飲みたいと思っていたメコンを飲んでみたい。メコンは無いか?と聞くとそんな安い酒は置いていないと言う。
 う〜ん、どうしてもメコンがいい、一度この有名な酒を飲んでみたい。と駄々をこねると、マネージャーは苦笑(こいつは様になってた)して、じゃ持ち込みということにしますから買ってくればいいですよ。と言ってくれた。


 んじゃ買ってくると、腰を浮かせかけたらマネージャーはあわてて止めた。外を指さし、そこに居るバッドボーイに買いに行かせますからとマルボロ売りの不良少年を呼んだ。


 テーブルの上にメコンのボトルが置かれた。ウエイトレスがソーダと氷を持ってきてウイスキーソーダを作ってくれる。
 おおーっ、これが噂のメコンかーっ!。密かに興奮しつつ臭いをかいでみる。まずツーンとくるアルコールの臭い、安酒の象徴だ。そしてほのかに香るウイスキーの芳香・・・だったらいいのだが、ドーンとウイスキーを砂糖で煮詰めたような臭いが、オレは香料だもんくあるか!!。という感じでせまってくる。

 香料の香りにむせて横ををむくと、先ほど100バーツ渡して使いに走らせた不良少年が、おつりを握りしめて立っていた。不良少年は私と目が合うとはにかんでおつりを渡そうとする。そいつはチップだよ。(実際はチップと言っただけだが)と言うとワイ(タイ式合唱挨拶)をしてから嬉しそうにスキップしながらビーチロードにとけ込んでいった。どこが不良少年だ!?。


 さて、あらためてメコンとたいじする。
 口に含んでみる。けっこう甘口で飲みやすい。だがアルコール臭がひどくていがらっぽい。ウエイトレスがはじめからソーダ割にしたわけだ。こりゃストレートやロックじゃ飲めない酒だ。水割りでも旨くないかもしれない。
 口の中でメコンをころがしながら、ふと顔をあげたらウエイトレスやマネージャーが心配そうにこっちを見ている。口の中のメコンを飲み込み、旨い、と親指をたててやる。嘘ではない。けっしてまずい酒じゃない。この酒はメコンであって、ウイスキーではないと思えばむしろ特徴があって旨い酒と言える。(かもしれない)


 なんか、くせになる味で、酔いも緩慢なため、舞い戻ってきた不良少年に飲ませてやったりもしたりして、夜の耽るころには1本空けてしまった。


 さて、ゴーゴーバーでも行くかと席を立つ。心配していたが私の足腰はまだしっかりしている。(と思う)
 ふらふらとゴーゴーバーを求めて歩いていると、さっきの不良少年が腕をひっぱる。ん?、おまえ今度はポン引きにくらがえかい!?。いいとも、つれて行きなさい。私は誰の挑戦でも受ける。(なんつって)と、日本語でぶつぶついいながら(やっぱりかなり酔ってる)引っ張られて行った先は、オートバイタクシー乗り場だった。なんだ!?遠くへは行きたくないなー、と言ったら違うという。じゃ近いの?、と言ったらまた違うという。


 どういうこったい。ぐらぐらしてきた頭で不良少年の言葉に耳を澄ます。
 どうやら、不良少年は身振り手振りと片言の英語でこんなに酔っていては危ないからホテルに帰れ、と言っているようだ。


 はん!!、酔っぱらいはいつものことだよ。と少年とバイバイして近くにあったゴーゴーバーに入った。で、そこからぷっつり記憶が途絶えてしまった。


 朝、ホテルで目が醒めたら空になったさいふ(もともと夜遊びするときは大して金を入れていかないが)と奇妙な二日酔い(頭も痛くなく、吐き気もしない。ただひたすらだるいだけ)が残っているだけだった。その日は一日、鼻にまとわりつく自分のからだから出ているメコンの臭いに閉口しながらベッドを抜け出られないでいた。


 以上が私とメコンとの出会いである。ちなみに今はまったくメコンは飲んでいない。

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