証言1 急カーブで待つモノ
 イギリス系エンジニアリング会社に務めるTから聞いた話である。
 3年ほど前、彼はイギリス人の上司と共に、ある工場の立ち上げパーティに出席した。会場にはそれぞれ自分の車を運転してきた。


 自分の会社が設計したシステムが、施工、運転共にうまくいったため、上司は上機嫌である。いつもよりもかなり早いピッチで杯を重ねた。
 さて、パーティは盛り上がり、終焉は深夜になってしまった。パーティーの最後に主催者から注意があった。


「パーティーが予想以上に盛り上がり感謝します。が、ここまで遅くなったからには、みなさんに申し上げておかなければならない事があります。この近くのAA道路のBBカーブにはピーターイホーンが取り憑いていて、深夜になると出没し、事故が絶えません。かなり遠回りになりますがCC道路を通ってお帰り下さい」


 上司に通訳すると、悪いジョークだな!とせせら笑っている。強く注意しておこうと思ったが、彼と上司は近くのホテルに泊まることになっている。ホテルに行くぶんにはその道路は通らないですむ。で、彼は注意するのをやめた。上司が、タイ人部下の言うことをあまり重要視しない性格で、あまりしつこく言うと怒り出すくせのあるせいでもある。

 彼はまっすぐホテルに行き、上司は2次会に行った。
 彼が上司の事故の知らせを聞いたのは次の日の早朝である。
 上司はBBカーブでガードレールに激突して死んだ。

 2次会で一緒に飲んだ人によれば、上司は2次会の帰りホテル向かったそうである。ホテルの駐車係は、確かに上司の車は来たと言う。でもなぜかホテルからUターンしたそうである。


 人は、上司が興味本位でBBカーブに行ったのではないかと言う。だが、上司がそんなことはしない性格であることを彼は知っている。
 上司はピーターイホーンをせせら笑った段階から、ピーターイホーンに引っ張られていたのではないかと彼は思っている。
コラート、トイレの怪
 バンコク在住の女性(30歳)レック(仮名)の聞かじりです。ちなみにレックはかなりそっちの世界と波長が合うらしく、今後も彼女から聞いた話を書いて行きたいと思います。


 その日、レックは実家のナコンサワンに帰るべくファランポーン駅(バンコク中央駅)から汽車に乗りこんだ。途中コラート(ナコンラチャシマー)にさしかかったのは夕方だったそうな。


 北と東北の分かれ道となるこのコラートでは、大概の列車は休憩をとる。食べ物を買いに列車を出たレック。ホームには、大勢の売り子が立っている。
 売り子は竹で編んだかごを前ずらっとならべている人もいれば、一つの竹かごを頭にのせて売り歩いているひともいる。竹かごの中にはガイヤーン(焼き鳥)やホーモック(さまざまな具をタマゴでとじた包み焼き)、カエルのくし焼きなど、おいしそうな料理がいっぱいいっぱいつまっている。


 ぶらぶらと食べ物をみて歩いていたレックはホームの端まで来てしまった。


 ふと見ると、目の前にトイレがある。
 夕焼けの、最後の光をあびて、ひそやかに佇むトイレを見たとたん、ふと、彼女はなにかに誘われるような気配を感じた。
 そっと中を覗きこむ。別に変わったところはない。


 と、急な便意が襲ってきた。彼女はあわてて個室に入る。が、ドアを閉めたとたん強烈な便意がうそのように消えた。う〜ん、せっかく入ったんだから用足ししていこうかどうかと、彼女が個室に突っ立ったまま考えていたら・・・どこからともなく異臭が漂ってきた。
 血の臭いだ。だが、まわりを見渡しても血などはどこにもない。もちろん自分も血など流していない。


 かすかな音も聞こえてきた。が、その音はあまりにも小さくかぼそい。彼女は耳を澄ます。すると、それに呼応するかのように声がすこし大きくなった。どうやら女性の声のようだ。
 声は、かすれ、震えながら・・・たすけて・・・やめて・・・いたい・・・を繰り返している。
 彼女は、隣の個室で誰かが死にかかっているのだと思った。助けなければ!。


 急いでドアを開けようと、ドアノブを握ったとたん、彼女は「ウイ」と小さな悲鳴をあげた。ドアノブが油を塗ったようにぬるぬるしていたのだ。
 思わずドアノブを握った自分の手のひらを見て、再び小さな悲鳴をあげる。
 手には真っ赤な血がべっとりと付いていたのだ。
 目の前の、薄汚れたトイレの壁に小さな赤い染みが浮き出た。赤い染みがみるみる膨らんでくる。その赤い水滴は、やがて細いすじとなって壁をつたい滴り落ちてきた。


 壁が血を流している・・・。


 またピーを見てしまうのだろうか。彼女は若干ぼんやりしながら覚悟した。いつも、ピーを見てしまう時はなぜか頭がぼんやりしてしまう…なんて考えている。
(私が思うに、あまりにも怖いと自己防衛のため脳の動きが麻痺するのではないか?それともトランス状態に入っているのか?)

 壁を伝わる血のすじは次第に増えていき、床には血溜まりができている。血溜まりは少しづつ嵩を増している。ドアの下には隙間が開いているのに…不思議なことに表には流れ出していないようだ。


 ビクン!!。
 ふいに血溜まりが脈うった。彼女はその震動を血に浸っている脚に感じた。ビクンビクンビクビクと脈打ちが早くなっていく。
 やがて血溜まりは、ざわざわと波うち泡立ちはじめ、ひとつの形に収れんしていく。


 まだはっきりとしないが、その形は少女のように見える。やめて…たすけて…いたい…。と震えるか細い声がまた聞こえてきた。だが、それは隣の部屋ではなく、足元の、血で出来た少女から聞こえてくるようだ。いや、もうすでに血の色はしていない。裸の素肌は滑らかな白。

 14,5才ぐらいだろうか、背中を見せて横たわっているため顔は見えないが、おかっぱ頭をした小柄な少女である。後姿からでさえ、少女から女性へ変貌するさなかの独特な美しさを感じさせる。
 幽霊ではなく精霊だろうか…彼女は穢れを感じさせない裸の少女の後ろ姿を見ながらぼんやり考えていた。


 ふいに少女は寝返りをうった。こちらを向いた少女を見て彼女は戦慄した。目は閉じていたが、少女の端正な顔立ちは将来大変な美人になる素質を秘め、成熟する一歩手前のその身体もやはりそう遠くない将来、男の羨望を集めて止まないだろう。


 だが、下腹部が…無かった。あまり切れない刃物で抉り取られたように、ぐちゃぐちゃにつぶされ、引き裂かれ、抉られ、血と脂肪がべったりと付着している。

 やめて…たすけて…いたい…。少女がまた呟きはじめた。体を小刻みに震わせている。
 やめて…たすけて…いたい…。だんだんと声が大きくなっていく。
 やめて!たすけて!いたい!!。とうとう絶叫になった。
 少女は狭いトイレの中をはげしくのたうちまわっている。だが、不思議なことに彼女にはぶつかってこない。
 彼女はその声に耐えきれず耳を押さえてその場にしゃがみこんだ。


 ふと、少女の絶叫が止まった。あいかわらず床に横たわったままだが、首を持ち上げ、顔を彼女の方に向けている。


 少女は泣いていた。その涙を見て、彼女は少女に憐憫の情を覚えた。いずれここで惨殺されたのだろう…かわいそうに…。その思いを待っていたように少女はゆっくりと目を開けた。澄んだ綺麗な瞳である。少女は視線を横に向けていた。そろそろと視線を彼女の方に持っていく。目が合った。

 !!。彼女ははじめて、あらんかぎりの声を絞り出して悲鳴をあげた。ドアに体当たりをする。ドアはすんなり開いた。外に駆け出して倒れこむ。そのただならぬ様子を見た人々が駆けつける。駅員が来て彼女を駅舎に連れて行く。
 駅員に肩を貸してもらい、歩きながらトイレを振り返ったが、開け放されたドアの向こうに少女はいなかった。


 駅員の話によると、やはりこのトイレで少女が変質者に強姦されたうえ、惨殺されたそうである。約3年前の事だそうだ。それ以来、このトイレには殺された少女の幽霊が出るという。

 レックが少女と目があった瞬間パニックに陥った訳は何かと尋ねました。彼女自信も良く分からないが、幽霊と目が合ったのは始めてだった。目が合った瞬間ものすごく怖くなった。という答えが返ってきました。


 少女の類まれな美しさがあだになったのでしょうか…。その変質者は憎んでもあまりあるものがありますね。
夜中ににじむ、赤子の泣き声
 コラートにタイ人のエンジニアと出張に行った時のことである。
 今回は奮発してけっこういいホテルをブッキングしてあった。コラートでは一流どころだ。

 さて、一泊した翌日の朝のことである。朝食を食べにレストランに行く途中、エンジニアの一人がロビーの椅子に座り放心しているのを見かけた。
 若干気になったが、腹がへってるのを優先してレストランに向かった。レストランの帰りにロビーを見たらまだ彼が座っていた。

 あいかわらず放心したように中空を見つめたままである。こんどはさすがに声をかけた。
 前夜、たまの出張なので酒をしこたま飲ませてやった。彼は酒好きある。たいてい朝方近くまでだらだらと酒を飲む。当然、翌朝は出発ぎりぎりに部屋から飛び出してくるか、遅刻してくる。

 それが朝早くからロビーでぼーっとしているのは変である。
また飲屋の女とトラブルでも起こしたのかと思った。トラブルを起こそうが何をしようが良いのだが、寝不足で仕事に支障をきたされたら困るのである。
「どうした?めずらしく早起きじゃないか。昨日しこたま飲んだってのに」
 彼の前に腰掛けながら声をかけた。


「!!。」
 声をかけた瞬間、彼は椅子から飛び上がった。
 びっくり目をひんむいて僕をしばらく見つめてから、安心したようにため息をついた。それから照れ隠しなのか、あいまいにニヤついた。
「おいおい、どうしたっていうんだ??」
「昨日、ピーが出た」
 と、ニヤついたまま、彼は言った。

 彼は昨日したたかに酔っぱらって、倒れ込むようにベッドに入った。当然あっという間に熟睡してしまった。
 ふと、彼はを目さました。赤ん坊の泣き声が聞こえている。舌打ちして時計を見るとまだベッドに入ってから1時間もたっていない。


 彼は隣の部屋に親子連れでも居るんだろうと、まだしっかり酔っている頭で考えた。
 それにしても泣き方がちょっと変だ。声が異常にくぐもっている。まるで毛布に頭ごとすっぽりくるまっているようだ。
 まさかね、そんなことしたら窒息しちまう。きっとホテルの構造上そんなふうに聞こえるんだろう・・・。


 そうこうしているうちに、彼はいつの間にか寝入ってしまった。

 遠くで赤ん坊が泣いている。その声は異常にくぐもっている。どうしたんだ、そんな苦しそうな声で泣いて、親はなにをやってるんだ。そのうち赤ん坊が死んじまうぞ。
 彼はまたもや覚醒しかかっていた。


 ドサッ!。なにかがベッドに落ちてきた。瞬間、彼は飛び起きる。ベッドサイドのスイッチを押し、明かりを点ける。
 なにも変わったことは・・・ない。
 明かりを点けたら、赤ん坊の声も聞こえなくなった。
 と、ふいにゾクッとした。
 思い出したのだ。
 昨晩、このホテルに併設されているカラオケ屋の娘が言っていたことを。

 ここは昔、病院だったのよ。
 でね、部屋によっては出るのよ・・・ピーが・・・特によく出るのがピーターイグロン。
 ある女の人が早産で、お産の最中に死んでしまったの・・・もちろんお腹の赤ちゃんも一緒にね。そのとき旦那さんはどこかで浮気をしていて、酒を呑んでいたんですって。


 早産も旦那のせいなのよ。
 奥さんが浮気に気がついて、臨月の時ぐらい家にいてくれって、すがりついて泣いて頼んだんだけど・・・。旦那は怒って、奥さんを振りほどいて出ていってしまったの。
 振りほどかれた時に、運悪くお腹を強く打ったことが早産の原因になったんだって。
 その奥さん、あんまり悔しかったんでしょうね。それからピーターイグロンになって夜な夜なうろつきまわっているらしいわ。


 その旦那はとっくに取り殺したというのにね。


 深酒した泊り客は特によく出会うみたいよ。あんたも気をつけたほうがいいわよ。
 そのときは、閉店時間を過ぎてもなかなか帰ろうとしない自分を、早く帰すための方便だろうと思っていた。
 もしかしたら…泣き声はその時死んだ赤ん坊のものなのか…しかし…そんなことあるはずがない。彼は気を取りなおして明かりを消し、強引に眠ろうとした。

 やっと、うとうとした時だった。
 か細く…くぐもった赤ん坊の泣き声がまた聞こえてきた。彼は、
(違う違う、これは隣の赤ん坊が夜泣きしているんだ。赤ん坊の夜泣きなんてあたりまえじゃないか。眠るんだ、眠るんだ)
 と自分に言い聞かせていた。

 ドサッ、とベッドの上にまた何か落ちてきた。
 彼は何も考えないように努力していたが、ふいに、血まみれの赤ん坊がベッドの上でぐったりしている。
 というイメージが頭の中に生まれた。
 どうしよう…明かりをつけなきゃ。と思うが、その赤ん坊が見えたら…と考えると身動きできない。


 !!。彼は再びぞーっとした。赤ん坊の泣き声にまざって女の人のすすり泣きが聞こえてきたのだ。声はなにかをつぶやきながら、すすり泣いている。
 なにをつぶやいているのか分からないし、分かりたくも無い。
 この状態がいつまで続いたのだろうか…彼は…ブランケットをかぶって身じろぎできないでいるうちに、また眠ってしまったらしい。

 ふいに目が醒めたのは午前5時だった。赤ん坊の声はしない。彼は急いでシャワーを浴び、着替えて部屋を飛び出した。


 それからずっとロビーに座っていた。ということである。


 あ〜あ、今日は奴、仕事にならないなと思ったら…やっぱり能率が落ちていた。

 ちなみに彼の隣の部屋に、赤ん坊を連れた客が泊まっていたか聞こうとしましたが、彼に止められて(泊まっていなかったらほんとに怖いじゃないか。とういことで)聞けませんでした。だからこの話がピーターイグロンの話か、ただの赤ん坊の夜泣きかは分かりません。

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